変わらない大切なもの

罰は厳しく適用しないと意味がない

罰則は社会に必要なシステム

私たちの社会では、悪いことをするとペナルティとして何らかの罰が課せられます。多くの人がともに暮らしている以上、利害の対立なども生じます。その度に傷害事件や殺人事件が起きるようでは、健全な社会生活は維持できません。

罰則は、人間が社会を構成するうえで必要なシステムなのです。これは会社などの組織でも同様で、社則や罰則が定められているのも風紀を正す意味で必要だからなのです。

ところで、罰則の厳しさは企業によって異なりますが、どのように定めるのがよいのでしょうか。罰の適用に関しては、次のような話があります。イスラエルのとある幼稚園で、園児の親が引き取り時間に迎えに来ないことが問題になりました。

そこで、幼稚園では引き取りに来ない保護者に対して罰金を課すことにしましたが、逆に引き取りに来ない親が増えてしまいました。しかし、幼稚園側が罰金の額を引き上げたところ、保護者達はきちんと引き取りに来るようになったそうです。

最初に罰金を課した際に引き取りに来ない保護者が増えた理由としては、罰金額が3ドルと安かったことが原因だと考えられます。3ドルという額は、日本円にして数百円程度。多くの保護者が「それくらいならいいか」と考え、引き取りに来なかったのでしょう。

もっといえば、「3ドル払えば預かり時間を延長してもらえる」という見方もでき、甘すぎる罰則はかえって逆効果だということがわかります。もっと身近な例としては、駐車違反など車の扱いに対する罰金があります。

どのような違反をしたのかによって罰金額は異なりますが、ほとんどの項目について、違反者に5千円以上の罰金が課せられています。ほかの刑法なども同様で、人は違反とされる行為に対し、罰則が「割に合わない」と感じるものほど違反しないのが普通なのです。

罰は執行するからこそ意味がある

罰則について、マキャベリは次のように述べています。『大勢の人間がある罪を犯した場合等全員を処刑することは不可能である。一部の人たちだけ懲らしめるのはその人たちに対して不公平で、ほかの人たちに犯罪を繰り返させる気を起こさせる。

だが、全員が死刑に値する場合は、10人にひとりをくじ引きで決めて処罰すれば、運命だと思ってあきらめるだろう。罪を免れた者も、次にくじを引き当てることを恐れてや新たな犯罪を起こす気にならないだろう』このように、罰は重いほど効果を発揮します。

あまりに厳しすぎるとそつぼを向かれる可能性があるので、「少し厳し過ぎるかな?」と思う程度にしましょう。当然、罰則は厳格に実施することが前提です。罰則を定めても適用しないのでは、「違反しても大したことないんだ」と逆効果になってしまいます。罰則は、厳格に執行するからこそ意味があるのです。

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