変わらない大切なもの

余計な親切心は仇となる

行き過ぎた親切はかえって害になる

一般的に、親切なことはよいことだとされています。親切な人は、他人との関係も良好に保てますし、恨まれることも少なくてすみます。ですが、ときには好意で行なった親切が、結果として本人のためにならないことがあります。

また、親切も度が過ぎると『親切の押し売り』になってしまい、相手にわずらわしい思いをさせてしまう場合もあるのです。こうしたケースのもっとも身近な例としては、親子の関係があります。

近年は少子化の影響もあって、一人っ子の家庭も増えてきました。子どもに愛情を注ぐのは親として当然のこととは思いますが、あれもこれもと親がすべてをやってしまうと、子どもは自分では何もできないまま成長してしまいます。

わずらまた、子どもに自立心が芽生えた後も世話を焼き過ぎると、それが煩わしくなった子どもが反抗的になり、親子関係がギクシャクし始めることもあります。こうした状況をビジネスの場に置き換えて考えると、新入社員や部署変更で新たな仕事に取り組んでいる人などが当てはまるでしょう。

新しい環境に置かれて慣れない仕事で四苦八苦し、いつも上司に叱られている。そんな様子を目にすると、ついつい手助けをしたくなるものです。人は新しいことを始めた場合、大抵は慣れるまで苦労することになります。

しかし、苦労している状態というのは今『学習』しているということなので、苦労している本人にとっては必要なものなのです。そこで過剰に手助けをしてしまうと、親子関係のケースと同じで本人は成長できなくなってしまい、結果的に本人のためになりません。

さらに、自立心が強くプライドが高い相手だった場合、手助けをされると「お前じゃだめだから、俺がやってやるよ」と言われていると受け取られることもあるようです。

あなたが好意で行なった親切が、相手にとっては「馬鹿にされた」「能力を軽く見られた」と屈辱を感じさせることになってしまい、感謝されるどころか恨まれてしまう。これほど損なことはないでしょう。他人に手を差し伸べること自体は、悪いことではありません。ですが、手助けをする度合、さじ加減が重要なのです。

手助けが相手のためになるかを考える

マキャベリは、『常に考慮しておくべきことのひとつは、人の恨みは悪行からだけでなく善行からも生まれるということである。心からの善意でなされたことが、しばしば結果的に悪を生み、人に恨まれることが少なくないからである』と述べています。

他人に親切にしたあとで、恨まれると考える人はまずいないでしょう。そのため、のちに「背中から刺される」ようなことが起こる可能性もあるのです。誰かを手助けしようと思ったときは、行動を起こす前に『本当にそれが相手のためになるのか』を考えてみましょう。

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