変わらない大切なもの

普段から非常時のことを考える人は少ない

人が非常時に備えないのは昔からの弱点

どこかで大きな事故や災害が発生すると、その情報は新聞やテレビをはじめとする各メディアにこぞって取り上げられ、人々の目に触れることになります。すると、人々は「自分がそうしたケースに遭遇したらどうしよう」「自分の備えは万全だろうか」と不安を覚え、「万一に備えなきゃいけない」と思うものです。

ですが、そうした報道は時間とともに少なくなっていき、しばらくするとすっかり報じられなくなります。すると、人々の危機に対する意識も薄れていき、やがて普段のように日常のことにしか目が向かなくなっていくのです。

もちろん、なかには防災グッズなどを揃えてみたり、避難経路の確認をしたりする人もいます。しかし、そうした人たちですら、普段はほどんど非常時のことは考えないようです。

普段から非常用の備品を定期的に点検したり、非常経路を意識したりする人は、実際に災害や事故に遭った経験をもつ人々をのぞけば、よほど慎重な性格の人たちだけかもしれません。

そして、それ以外のほとんどの人たちは、実際に自分が非常事態に置かれることになってから、慌てふためくことになるのです。こうした人々の習性は昔からのようで、マキャベリは『晴天の日に、翌日は雨が降るとは考えないだけである』と述べています。

この言葉は、平和な状態のときに備えを怠ったばかりに、領土を他人に奪われてしまった領主たちのことについて触れた際のものです。マキャベリは領主たちの怠慢を指摘すると同時に、こうした点は人間に共通する弱点だと述べています。

周囲を警戒する慎重な人材

では、なぜ人は普段から非常時のことを考えないのでしょうか。それはマキャベリの著書のなかでたびたび指摘しているように、『人は目先のことにとらわれやすいもの』だからなのでしょう。

仮に、人々が大きな災害や事故が毎週起こるような環境に置かれているなら、備えを怠る人はいません。そうした環境で暮らす人々にとっては、命が危険にさらされる大災害や事故ですら、「日常」のありふれたものだからです。

本当なら、わたしたちも常に大災害や事故を想定し続けることで、日常のものとして認識できればよいのかもしれません。しかし、人々は目の前にある平和な日々のことにとらわれてしまうので、そこまで考えが及ばないのです。

こうした傾向はビジネスの場でも同じで、ことが順調に運んでいるときは何の備えもしていない、ということも多いのです。ビジネスにおいては時に乗じて前へ進むことが重要ですから、そうした人材にばかり目がいきがちです。

しかし、前へ進めるのは足元が確かなことが前提ですから、足元や後ろを振り返って周囲を警戒する慎重な人材も必要なのです。これを怠ると、「いつのまにか崖から転落していた」というような事態になってしまうかもしれません。

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